| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1961-10-1-0 | 準急「第2えびの」号も博多までに運転区間を延長 | 東京・熊本間に不定期特急「みずほ」新設(実際には毎日運転) | |
| 1962-1-15-0 | 牧園駅を霧島西口駅に改称 | ||
| 1962-2-7-0 | 人吉機関区、自動車クレーン、七マル給炭設備使用開始 | ||
| 1962-3-0-0 | 人吉市麓町に市役所新庁舎落成 | ||
| 1962-3-31-0 | DD51形式誕生、翌年から量産 | ||
| 1962-4-12-0 | 那良口・一勝地間の八貫踏切に自動警報機三種を設置(後に一種に変更) | 事故が多発して魔の踏切と言われていた | |
| 1962-5-3-0 | 常磐線三河島構内で大事故発生 | ||
| 1962-5-10-0 | 皇太子明仁親王と美智子妃殿下が鹿児島から八代を経て人吉球磨行啓のため御専用車キロ2555併結609D準急「第2えびの」号で御来人 | 編成(人吉←)キハ55196+キロ2555+キハ55×3+キロ25+キハ55 人吉市九日町鍋屋本館に宿泊される | |
| 1962-5-11-0 | 皇太子明仁親王と美智子妃殿下がお帰りになるため622D御専用車が湯前・熊本間に運転される | 編成(人吉←)キハ55193+キロ2555+キハ2555+キハ1742+キハ20333 | |
| 1962-5-12-0 | 肥薩線山田川橋梁橋桁6桁を回転式架設法で更換(「更」は鉄道部内表記) | 皇太子と妃殿下の御来人で作業員も警備があり日程が延びて21日竣工 | |
| 1962-5-23-0 | 8時50分頃、矢岳・大畑間で枕木を積載した人吉保線区のトロリーがブレーキ制御不能となり、大野第1トンネル出口で脱出し切り通し土手に衝突する事故発生 | 宮崎からの準急「第1えびの」号が矢岳駅に臨時停車、その後低速度で走行し矢岳駅から5.3kmの現場付近で停車、負傷者を車内に収容し人吉に搬送、1名即死、6名重傷 | |
| 1962-10-1-0 | 瀬戸石、白石、那良口、大畑、真幸、肥後西村の各駅貨物取扱廃止 | 不定期特急「みずほ」を定期化 | |
| 1962-10-26-0 | 人吉に配置されていたことのあるE102号廃車、青梅鉄道公園で保存 | ||
| 1962-11-0-0 | 人吉市九日町に市民会館落成 | ||
| 1963-1-24-0 | 大畑・矢岳間で約12kmに亘り夜間に80cmの降雪、作業員や地元住民の深夜・早朝の除雪作業で運休せずに済む | 1月11日から日本海側を豪雪が襲い北陸線、上越線などが不通となり、2月18日に復旧、後に「サンパチ豪雪」と呼ばれる | |
| 1963-2-1-0 | 人吉の無動力気動車キサハ041(トレーラー)廃車 | この月に人吉機関区転車台桁取替え | |
| 1963-3-16-0 | 瀬戸石・鎌瀬間で土砂崩れ発生、上り「くまがわ」と下り普通が停まる | それぞれバス2台で八代と人吉に乗客を運び、昼頃には復旧す | |
| 1963-3-30-0 | 新幹線試作電車時速256km記録 | ||
| 1963-4-1-0 | 湯前線東人吉駅、肥後西村駅、一武駅の3駅を業務委託 | ||
| 1963-4-5-0 | 湯前線に東免田駅、東多良木駅開業 | いずれも無人駅、全11駅となる | |
| 1963-5-31-0 | 鹿児島本線薩摩大川・西方間で土砂崩れ発生、下り急行「霧島」と上り寝台特急「はやぶさ」が肥薩線経由で運転され、吉松からの「はやぶさ」をD51170号が牽引 この日限りで門司港・都城間121・122列車の1等車を廃止 | 1951年(昭和26年)熊鉄局と鹿鉄局間で本線が災害などで不通になった場合の迂回を取り決めていたことによるためで、この後1969年(昭和44年)にも迂回ダイヤが作成されたが幸い以降は使用されることはかった | |
| 1963-6-1-0 | 人吉駅で準急「くまがわ」「第1・第2えびの」の指定席券を発売開始 | 東京・熊本間特急「みずほ」ブルートレイン固定編成化 | |
| 1963-7-24-0 | 人吉駅前広場で肥薩線開通55周年記念行事と顕彰碑除幕式が行われる | 顕彰碑は鉄道開通に尽力した渋谷禮氏と樅木義道氏を讃えるもの | |
| 1963-8-4-0 | 五木村山津波と川辺川氾濫により死者11人、球磨川氾濫により人吉市内家屋流失3戸、床上浸水245戸 | ||
| 1963-11-9-0 | 東海道本線鶴見で大事故発生 | ||
| 1963-12-7-0 | 人吉機関区で順法闘争が午前5時から9時まで行われる | 全国で順法闘争実施、熊本鉄道管理局管内では人吉が唯一の拠点となる | |
| 1964-1-11-0 | スケート列車「銀盤号」を博多・宮崎間の準急「第2えびの」号に1往復1輌併結し毎週土曜運転 | 我が国最南端にあるえびの高原天然スケート場に博多、熊本方面からも集客 | |
| 1964-2-7-0 | 人吉機関区に28日にかけて初のキハ58を4輌配置 | キハ58-109、117、118、119でキハ55と置き換えが進む | |
| 1964-4-19-0 | 大畑ループ線で沿線火災発生し40ヘクタールの雑木林焼失 | この間通過予定の列車3本に10分から1時間半の遅れが出る | |
| 1964-5-17-0 | 熊本・矢岳間にハイキング列車運転 | 11月まで日曜・祭日2輌編成運転 |
| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1961-10-1-0 | 準急「第2えびの」号も博多までに運転区間を延長 | 東京・熊本間に不定期特急「みずほ」新設(実際には毎日運転) | |
| 1962-1-15-0 | 牧園駅を霧島西口駅に改称 | ||
| 1962-2-7-0 | 人吉機関区、自動車クレーン、七マル給炭設備使用開始 | ||
| 1962-3-0-0 | 人吉市麓町に市役所新庁舎落成 | ||
| 1962-3-31-0 | DD51形式誕生、翌年から量産 | ||
| 1962-4-12-0 | 那良口・一勝地間の八貫踏切に自動警報機三種を設置(後に一種に変更) | 事故が多発して魔の踏切と言われていた | |
| 1962-5-3-0 | 常磐線三河島構内で大事故発生 | ||
| 1962-5-10-0 | 皇太子明仁親王と美智子妃殿下が鹿児島から八代を経て人吉球磨行啓のため御専用車キロ2555併結609D準急「第2えびの」号で御来人 | 編成(人吉←)キハ55196+キロ2555+キハ55×3+キロ25+キハ55 人吉市九日町鍋屋本館に宿泊される | |
| 1962-5-11-0 | 皇太子明仁親王と美智子妃殿下がお帰りになるため622D御専用車が湯前・熊本間に運転される | 編成(人吉←)キハ55193+キロ2555+キハ2555+キハ1742+キハ20333 | |
| 1962-5-12-0 | 肥薩線山田川橋梁橋桁6桁を回転式架設法で更換(「更」は鉄道部内表記) | 皇太子と妃殿下の御来人で作業員も警備があり日程が延びて21日竣工 | |
| 1962-5-23-0 | 8時50分頃、矢岳・大畑間で枕木を積載した人吉保線区のトロリーがブレーキ制御不能となり、大野第1トンネル出口で脱出し切り通し土手に衝突する事故発生 | 宮崎からの準急「第1えびの」号が矢岳駅に臨時停車、その後低速度で走行し矢岳駅から5.3kmの現場付近で停車、負傷者を車内に収容し人吉に搬送、1名即死、6名重傷 | |
| 1962-10-1-0 | 瀬戸石、白石、那良口、大畑、真幸、肥後西村の各駅貨物取扱廃止 | 不定期特急「みずほ」を定期化 | |
| 1962-10-26-0 | 人吉に配置されていたことのあるE102号廃車、青梅鉄道公園で保存 | ||
| 1962-11-0-0 | 人吉市九日町に市民会館落成 | ||
| 1963-1-24-0 | 大畑・矢岳間で約12kmに亘り夜間に80cmの降雪、作業員や地元住民の深夜・早朝の除雪作業で運休せずに済む | 1月11日から日本海側を豪雪が襲い北陸線、上越線などが不通となり、2月18日に復旧、後に「サンパチ豪雪」と呼ばれる | |
| 1963-2-1-0 | 人吉の無動力気動車キサハ041(トレーラー)廃車 | この月に人吉機関区転車台桁取替え | |
| 1963-3-16-0 | 瀬戸石・鎌瀬間で土砂崩れ発生、上り「くまがわ」と下り普通が停まる | それぞれバス2台で八代と人吉に乗客を運び、昼頃には復旧す | |
| 1963-3-30-0 | 新幹線試作電車時速256km記録 | ||
| 1963-4-1-0 | 湯前線東人吉駅、肥後西村駅、一武駅の3駅を業務委託 | ||
| 1963-4-5-0 | 湯前線に東免田駅、東多良木駅開業 | いずれも無人駅、全11駅となる | |
| 1963-5-31-0 | 鹿児島本線薩摩大川・西方間で土砂崩れ発生、下り急行「霧島」と上り寝台特急「はやぶさ」が肥薩線経由で運転され、吉松からの「はやぶさ」をD51170号が牽引 この日限りで門司港・都城間121・122列車の1等車を廃止 | 1951年(昭和26年)熊鉄局と鹿鉄局間で本線が災害などで不通になった場合の迂回を取り決めていたことによるためで、この後1969年(昭和44年)にも迂回ダイヤが作成されたが幸い以降は使用されることはかった | |
| 1963-6-1-0 | 人吉駅で準急「くまがわ」「第1・第2えびの」の指定席券を発売開始 | 東京・熊本間特急「みずほ」ブルートレイン固定編成化 | |
| 1963-7-24-0 | 人吉駅前広場で肥薩線開通55周年記念行事と顕彰碑除幕式が行われる | 顕彰碑は鉄道開通に尽力した渋谷禮氏と樅木義道氏を讃えるもの | |
| 1963-8-4-0 | 五木村山津波と川辺川氾濫により死者11人、球磨川氾濫により人吉市内家屋流失3戸、床上浸水245戸 | ||
| 1963-11-9-0 | 東海道本線鶴見で大事故発生 | ||
| 1963-12-7-0 | 人吉機関区で順法闘争が午前5時から9時まで行われる | 全国で順法闘争実施、熊本鉄道管理局管内では人吉が唯一の拠点となる | |
| 1964-1-11-0 | スケート列車「銀盤号」を博多・宮崎間の準急「第2えびの」号に1往復1輌併結し毎週土曜運転 | 我が国最南端にあるえびの高原天然スケート場に博多、熊本方面からも集客 | |
| 1964-2-7-0 | 人吉機関区に28日にかけて初のキハ58を4輌配置 | キハ58-109、117、118、119でキハ55と置き換えが進む | |
| 1964-4-19-0 | 大畑ループ線で沿線火災発生し40ヘクタールの雑木林焼失 | この間通過予定の列車3本に10分から1時間半の遅れが出る | |
| 1964-5-17-0 | 熊本・矢岳間にハイキング列車運転 | 11月まで日曜・祭日2輌編成運転 |