| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1968-5-2-0 | 人吉駅で「第1えびの」号の乗客に八十八夜の新茶がサービスされる | 茶生産組合と観光協会の催しで、翌年以降も続く | |
| 1968-5-22-0 | 湯前線にC1136号が使用される | 湯前線では27年ぶりのC11運転 | |
| 1968-7-1-0 | 郵便番号制度実施、人吉は868 | ||
| 1968-8-10-0 | 臨時急行「ひとよし」号が盆にも運転されるようになる(至8月22日) | 新幹線との接続利便性のため大阪から新大阪・人吉間に運転延長 | |
| 1968-9-4-0 | 日本国有鉄道諮問委員会が石田国鉄総裁に赤字ローカル線83路線の廃止を諮問、湯前線も含まれる | ||
| 1968-10-1-0 | 門司港・西鹿児島および都城間121列車・122列車廃止で門司港・都城間1121列車・1122列車に、熊本・宮崎間季節急行「えびの1号」と「えびの2号」6111D・6112D増発、3往復となる | 全国時刻大改正、後に「ヨン・サン・トー」と呼ばれる 沖縄の復帰を願い大阪・西鹿児島間昼行気動車特急に「なは」の愛称を付け運転開始(後に新幹線博多までの開業により寝台特急化) | |
| 1968-11-5-0 | 人吉機関区に最後まで残ったC55形式3輌の内C5510号吉松転出 | C5519号10月25日若松転出、C5518号10月31日廃車 | |
| 1968-12-0-0 | 臨時急行「ひとよし」号C57形式での牽引となる | ||
| 1969-4-1-0 | 人吉保線支区が発足 | ||
| 0-0-0-0 | 1・2等級制廃止、旅客運賃モノクラス制設定、1等車はグリーン車となりグリーン料金設定、1等寝台はA寝台に、2等寝台はB寝台となる | ||
| 1969-7-0-0 | 集中豪雨のため西人吉・人吉間の万江川橋梁に被害が出て不通となる | ||
| 1969-7-21-0 | アメリカのアポロ11号が月面着陸 | ||
| 1969-9-13-0 | 人吉機関区にキハ65形式借り受け | 竹下気動車区から検修員実習のため | |
| 1969-10-1-0 | 急行「えびの2号」「えびの3号」に2輌のキハ65形式が導入される | 全国時刻改正 | |
| 1970-3-1-0 | (この月湯前線東多良木・湯前間の国道219号線植木踏切が跨線橋化される) | 日本万国博覧会(3月14日~9月13日大阪で開催)のため輸送力増強、臨時列車増発や列車増結実施 | |
| 1970-3-2-0 | 人吉機関区キハ26-412を外し直方から2月27日転入のキハ28-11を3号車(ハザシ)に編入 | キハ26-412は3日1114D前に併結し直方機関区に発送 | |
| 1970-3-10-0 | 急行「くまがわ」号6輌編成となる | キハ26-400代(座席指定車)を外してキハ28と入れ替える | |
| 1970-3-24-0 | 人吉駅1番ホームを約50m延長 | 上り方 | |
| 1970-7-1-0 | 急行「くまがわ」号7輌編成となり、全車冷房化される | これまでのキロ28の他にキハ58・キハ28も冷房化 | |
| 1970-9-1-0 | 鹿児島本線全線電化 | ||
| 1970-10-1-0 | 門司港・都城間1121列車(夜行で人吉には早朝に到着)が無人駅の西人吉に停車するようになる | 地元からの通勤通学のための請願がかない乗務員に花束贈呈 国鉄「DISCOVER JAPAN」キャンペーンを開始 | |
| 1970-11-15-0 | 湯前線湯前駅からパルプ材を積載した無人貨車2輌が暴走、9時47分頃多良木・東免田間の横馬場付近で八代発湯前行623Dと正面衝突して破損、乗客1人重傷、7人入院、82人が軽傷を負う | 623D(←湯前)キハユニ262+キハ2535+キハ17115、貨車(←人吉)コトラ45402+コトラ41426、同日38633号+スエ3133の救援列車で人吉へ回送 | |
| 1970-12-12-0 | 「ディスカバージャパン・ポンパ号」が肥薩線ではC57186号が牽引して人吉駅に到着、子ども達の歓迎を受ける(国鉄と日立の企画によるもので、10月14日品川を出発して全国200駅を巡る途中) | 全国各線で地元のSLやDL、ELが牽引、次位は日立製ということで特別塗装された熊本のC1191号(新製配置は人吉)を無火連結、中を展示用に改造・特別塗装したオハユニ61など5輌を連結 | |
| 1970-12-27-0 | キハユニ26-2復元され人吉機関区に帰区、ライト2球付に改良 | キハ25-35もライト2球付 | |
| 1971-2-20-0 | 湯前線肥後西村駅、一武駅無人化 | 湯前駅委託化 | |
| 1971-3-19-0 | 人吉区C5737号逆行入庫途中ポイント部分でテンダー除き全軸脱線 | 原因はポイント不良、6時間で復線 | |
| 1971-4-1-0 | 人吉機関区DD51機関車乗務員および検修要員の転換養成始まる | この頃の人吉機関区定員307人で最盛期 | |
| 1971-5-1-0 | 湯前線一武駅で錦町町営により乗車券が発売されるようになる | 発売開所式が行われる | |
| 1971-8-3-0 | 台風19号で球磨川氾濫、湯前線川村駅付近約90m流失、球磨川第4橋梁にも被害 | 6日からの復旧工事で12日開通、人吉市内でも全壊3戸、半壊7戸、床上浸水910世帯、負傷者11人 | |
| 1971-8-28-0 | 肥薩線初のDLのDD51形式入線試験が八代・吉松間で行われる | 30・31日に人吉・吉松間と9月20日に八代・吉松間で牽引試験 |
| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
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| 1968-5-2-0 | 人吉駅で「第1えびの」号の乗客に八十八夜の新茶がサービスされる | 茶生産組合と観光協会の催しで、翌年以降も続く | |
| 1968-5-22-0 | 湯前線にC1136号が使用される | 湯前線では27年ぶりのC11運転 | |
| 1968-7-1-0 | 郵便番号制度実施、人吉は868 | ||
| 1968-8-10-0 | 臨時急行「ひとよし」号が盆にも運転されるようになる(至8月22日) | 新幹線との接続利便性のため大阪から新大阪・人吉間に運転延長 | |
| 1968-9-4-0 | 日本国有鉄道諮問委員会が石田国鉄総裁に赤字ローカル線83路線の廃止を諮問、湯前線も含まれる | ||
| 1968-10-1-0 | 門司港・西鹿児島および都城間121列車・122列車廃止で門司港・都城間1121列車・1122列車に、熊本・宮崎間季節急行「えびの1号」と「えびの2号」6111D・6112D増発、3往復となる | 全国時刻大改正、後に「ヨン・サン・トー」と呼ばれる 沖縄の復帰を願い大阪・西鹿児島間昼行気動車特急に「なは」の愛称を付け運転開始(後に新幹線博多までの開業により寝台特急化) | |
| 1968-11-5-0 | 人吉機関区に最後まで残ったC55形式3輌の内C5510号吉松転出 | C5519号10月25日若松転出、C5518号10月31日廃車 | |
| 1968-12-0-0 | 臨時急行「ひとよし」号C57形式での牽引となる | ||
| 1969-4-1-0 | 人吉保線支区が発足 | ||
| 0-0-0-0 | 1・2等級制廃止、旅客運賃モノクラス制設定、1等車はグリーン車となりグリーン料金設定、1等寝台はA寝台に、2等寝台はB寝台となる | ||
| 1969-7-0-0 | 集中豪雨のため西人吉・人吉間の万江川橋梁に被害が出て不通となる | ||
| 1969-7-21-0 | アメリカのアポロ11号が月面着陸 | ||
| 1969-9-13-0 | 人吉機関区にキハ65形式借り受け | 竹下気動車区から検修員実習のため | |
| 1969-10-1-0 | 急行「えびの2号」「えびの3号」に2輌のキハ65形式が導入される | 全国時刻改正 | |
| 1970-3-1-0 | (この月湯前線東多良木・湯前間の国道219号線植木踏切が跨線橋化される) | 日本万国博覧会(3月14日~9月13日大阪で開催)のため輸送力増強、臨時列車増発や列車増結実施 | |
| 1970-3-2-0 | 人吉機関区キハ26-412を外し直方から2月27日転入のキハ28-11を3号車(ハザシ)に編入 | キハ26-412は3日1114D前に併結し直方機関区に発送 | |
| 1970-3-10-0 | 急行「くまがわ」号6輌編成となる | キハ26-400代(座席指定車)を外してキハ28と入れ替える | |
| 1970-3-24-0 | 人吉駅1番ホームを約50m延長 | 上り方 | |
| 1970-7-1-0 | 急行「くまがわ」号7輌編成となり、全車冷房化される | これまでのキロ28の他にキハ58・キハ28も冷房化 | |
| 1970-9-1-0 | 鹿児島本線全線電化 | ||
| 1970-10-1-0 | 門司港・都城間1121列車(夜行で人吉には早朝に到着)が無人駅の西人吉に停車するようになる | 地元からの通勤通学のための請願がかない乗務員に花束贈呈 国鉄「DISCOVER JAPAN」キャンペーンを開始 | |
| 1970-11-15-0 | 湯前線湯前駅からパルプ材を積載した無人貨車2輌が暴走、9時47分頃多良木・東免田間の横馬場付近で八代発湯前行623Dと正面衝突して破損、乗客1人重傷、7人入院、82人が軽傷を負う | 623D(←湯前)キハユニ262+キハ2535+キハ17115、貨車(←人吉)コトラ45402+コトラ41426、同日38633号+スエ3133の救援列車で人吉へ回送 | |
| 1970-12-12-0 | 「ディスカバージャパン・ポンパ号」が肥薩線ではC57186号が牽引して人吉駅に到着、子ども達の歓迎を受ける(国鉄と日立の企画によるもので、10月14日品川を出発して全国200駅を巡る途中) | 全国各線で地元のSLやDL、ELが牽引、次位は日立製ということで特別塗装された熊本のC1191号(新製配置は人吉)を無火連結、中を展示用に改造・特別塗装したオハユニ61など5輌を連結 | |
| 1970-12-27-0 | キハユニ26-2復元され人吉機関区に帰区、ライト2球付に改良 | キハ25-35もライト2球付 | |
| 1971-2-20-0 | 湯前線肥後西村駅、一武駅無人化 | 湯前駅委託化 | |
| 1971-3-19-0 | 人吉区C5737号逆行入庫途中ポイント部分でテンダー除き全軸脱線 | 原因はポイント不良、6時間で復線 | |
| 1971-4-1-0 | 人吉機関区DD51機関車乗務員および検修要員の転換養成始まる | この頃の人吉機関区定員307人で最盛期 | |
| 1971-5-1-0 | 湯前線一武駅で錦町町営により乗車券が発売されるようになる | 発売開所式が行われる | |
| 1971-8-3-0 | 台風19号で球磨川氾濫、湯前線川村駅付近約90m流失、球磨川第4橋梁にも被害 | 6日からの復旧工事で12日開通、人吉市内でも全壊3戸、半壊7戸、床上浸水910世帯、負傷者11人 | |
| 1971-8-28-0 | 肥薩線初のDLのDD51形式入線試験が八代・吉松間で行われる | 30・31日に人吉・吉松間と9月20日に八代・吉松間で牽引試験 |