| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1976-5-17-0 | 人吉・大畑間の球磨川第3橋梁の上部トラス橋架け替え工事が始まる | 球磨川第1・第2橋梁よりも盆地特有の朝霧で腐食が進み、D51+補機D51の31年間の通過で老朽化 | |
| 1976-6-3-0 | 球磨川第3橋梁上部トラス桁前後の上路鋼鈑桁、ソ300形操重車で夜間交換 | 8日・11日にも行われる | |
| 1976-8-15-0 | 国鉄バス人吉営業所が妻営業所湯前支所に移転 | ||
| 1977-2-16-0 | 球磨川第3橋梁の上部トラス橋架け替え工事が終わる | この頃渡・西人吉間の人吉市下原田町瓜生田付近の切り通しに、近くの病院職員と特別養護老人ホーム職員が桜の苗木を植樹、後に桜を背景に鉄道写真が撮影できる名所となる | |
| 1977-3-25-0 | 大畑駅構内信号てこ扱所ポイント電動化により廃止 | 大畑駅第一種電機乙から電気継電連動装置(進路てこ式)に変更 | |
| 1977-4-1-0 | 人吉機関区 乗務員運用 93仕業 乗務キロ DL2,840.9キロ DC3,661.8キロ | 国道221号線人吉・えびの間に人吉ループ橋開通(えびのループ橋は昭和53年10月1日開通) | |
| 1977-4-11-0 | 人吉・大畑間で沿線火災発生、25アール焼失 | 1960年代後半(昭和40年代前半)の火災はSLにも疑いが向けられたが、無煙化から5年経過、入山者の煙草の火の不始末など他の原因が存在することも改めて考えられた | |
| 1977-6-1-0 | 翌年人吉駅開業70周年を迎えることで改築され、永田人吉市長が急行えびの号で一日駅長を務め、また「人吉駅改築落成・人吉駅開業70周年記念急行券」が発売される | 人吉城大手門の櫓をイメージしたデザインで鉄筋コンクリート2階建、正面の駅名灯の文字は人吉市吉澤典雄元校長の筆による 駅イラストと球磨川下り2枚セット | |
| 1977-10-2-0 | 熊本鉄道管理局と熊本運輸労組協が協力して実現した全国初の試みの「福祉列車」4輌編成9623Dが熊本から人吉まで運転される | 生まれて初めて列車旅行をした重度身障者の人たちばかりで、受け入れには人吉球磨の身障者福祉協議会やボランティアが当たる | |
| 0-0-0-0 | 熊本県重度身障者福祉促進会の80人余りの会員と家族、ボランティアなど総勢160人が、1泊2日の人吉旅行を楽しむ(後にこの福祉列車にはかつての急行「ひまわり」号の愛称が付き、豊肥線や鹿児島本線でも運転されたほか全国に広がる) | 秋の人吉を満喫して3日「福祉列車」で帰途に着く 駅の改札、階段、列車の乗降口段差、通路の狭さ、車椅子の積載、トイレ、ホテルの設備など、バリアフリーと言う言葉がない時代に多くの問題が浮かび上がる | |
| 1978-3-24-0 | 真幸駅連動装置を第一種電気継電連動装置(進路てこ式)に変更 | ||
| 1978-5-24-0 | 人吉・大畑間で沿線火災が発生 | 雑木林38アール焼失 | |
| 1978-8-7-0 | 九州最後となった九州産業交通人吉営業所のボンネットバスが「さよなら遊覧バス」として運転される | ||
| 1978-8-23-0 | 熊本市でボンネットバスの展示会と試乗会が27日まで行なわれる 「さようならボンネットバスおわかれ記念乗車券」が発売される | ||
| 1978-10-2-0 | 時刻改正、熊本・西鹿児島間急行「やたけ」号の吉松・西鹿児島間が快速列車化、急行「くまがわ」号車輌の内5輌を早朝八代まで回送して823D人吉行普通列車とし、残り3輌を湯前線321D・320Dとして乗り入れた後、上り1818D急行「くまがわ」号8連とする | ローカル急行列車および貨物列車を削減、通勤列車を増発、列車愛称の番号を下り奇数、上り偶数とする | |
| 0-0-0-0 | 下り1817D急行「くまがわ」号は人吉到着後湯前線に335D・334D普通列車で乗り入れる | ||
| 1978-11-3-0 | 国鉄「いい日旅立ち」キャンペーンを開始、山口百恵の「いい日旅立ち」がCMソングに用いられる | ||
| 1979-1-8-0 | 人吉機関区でキハ47形式配置に伴う乗務員養成(机上8時間)始まる | 1月27日まで行なわれる | |
| 1979-2-28-0 | 姉妹都市指宿へ「ひとよし市民号」3月1日にかけて運転される | 気動車4輌編成 1月に指宿市と姉妹都市となり交流 | |
| 1979-3-20-0 | 人吉駅に自動券売機が導入される | ||
| 1979-3-26-0 | 人吉機関区にキハ47形式8輌新製配置、28日より運用(これまでの国鉄色ではなく朱色だけの首都圏色塗装) | キハ47-55、56、57、58、59、60、61、62 キハ17など老朽化車輌との置き換え | |
| 1979-4-9-0 | 人吉機関区にキハ47形式6輌新たに新製配置、11日より運用される | キハ47-1041、1042、1043、1044、1045、1046 | |
| 0-0-0-0 | 隼人・帖佐間6月28日使用開始、帖佐・鹿児島間7月5日使用開始 | ||
| 1979-6-0-0 | 人吉機関区で日豊本線隼人・鹿児島間自動信号化(単線自動)の説明 | ||
| 1979-6-30-0 | 豪雨のため午後より肥薩線・湯前線が不通となる | 上り特急「おおよど」号が大畑で立ち往生する | |
| 1979-7-27-0 | 国鉄初の本格的な復活SLC571号による観光列車「SL山口号」が小郡・津和野間に走ることになり試乗会実施、8月1日より営業運転開始(後にC581号、C56160号、Ⅾ51200号も運用される) | ||
| 1979-7-28-0 | 高木国鉄総裁が熊本・人吉間1817D急行「くまがわ」に添乗し来人 | 婦人同伴 | |
| 1979-8-0-0 | 人吉駅前に時計塔設置 | ||
| 1979-8-19-0 | 指宿へ「ひとよし市民号」運転 | 姉妹都市交流 | |
| 1979-10-1-0 | 日豊本線全線電化 |
| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1976-5-17-0 | 人吉・大畑間の球磨川第3橋梁の上部トラス橋架け替え工事が始まる | 球磨川第1・第2橋梁よりも盆地特有の朝霧で腐食が進み、D51+補機D51の31年間の通過で老朽化 | |
| 1976-6-3-0 | 球磨川第3橋梁上部トラス桁前後の上路鋼鈑桁、ソ300形操重車で夜間交換 | 8日・11日にも行われる | |
| 1976-8-15-0 | 国鉄バス人吉営業所が妻営業所湯前支所に移転 | ||
| 1977-2-16-0 | 球磨川第3橋梁の上部トラス橋架け替え工事が終わる | この頃渡・西人吉間の人吉市下原田町瓜生田付近の切り通しに、近くの病院職員と特別養護老人ホーム職員が桜の苗木を植樹、後に桜を背景に鉄道写真が撮影できる名所となる | |
| 1977-3-25-0 | 大畑駅構内信号てこ扱所ポイント電動化により廃止 | 大畑駅第一種電機乙から電気継電連動装置(進路てこ式)に変更 | |
| 1977-4-1-0 | 人吉機関区 乗務員運用 93仕業 乗務キロ DL2,840.9キロ DC3,661.8キロ | 国道221号線人吉・えびの間に人吉ループ橋開通(えびのループ橋は昭和53年10月1日開通) | |
| 1977-4-11-0 | 人吉・大畑間で沿線火災発生、25アール焼失 | 1960年代後半(昭和40年代前半)の火災はSLにも疑いが向けられたが、無煙化から5年経過、入山者の煙草の火の不始末など他の原因が存在することも改めて考えられた | |
| 1977-6-1-0 | 翌年人吉駅開業70周年を迎えることで改築され、永田人吉市長が急行えびの号で一日駅長を務め、また「人吉駅改築落成・人吉駅開業70周年記念急行券」が発売される | 人吉城大手門の櫓をイメージしたデザインで鉄筋コンクリート2階建、正面の駅名灯の文字は人吉市吉澤典雄元校長の筆による 駅イラストと球磨川下り2枚セット | |
| 1977-10-2-0 | 熊本鉄道管理局と熊本運輸労組協が協力して実現した全国初の試みの「福祉列車」4輌編成9623Dが熊本から人吉まで運転される | 生まれて初めて列車旅行をした重度身障者の人たちばかりで、受け入れには人吉球磨の身障者福祉協議会やボランティアが当たる | |
| 0-0-0-0 | 熊本県重度身障者福祉促進会の80人余りの会員と家族、ボランティアなど総勢160人が、1泊2日の人吉旅行を楽しむ(後にこの福祉列車にはかつての急行「ひまわり」号の愛称が付き、豊肥線や鹿児島本線でも運転されたほか全国に広がる) | 秋の人吉を満喫して3日「福祉列車」で帰途に着く 駅の改札、階段、列車の乗降口段差、通路の狭さ、車椅子の積載、トイレ、ホテルの設備など、バリアフリーと言う言葉がない時代に多くの問題が浮かび上がる | |
| 1978-3-24-0 | 真幸駅連動装置を第一種電気継電連動装置(進路てこ式)に変更 | ||
| 1978-5-24-0 | 人吉・大畑間で沿線火災が発生 | 雑木林38アール焼失 | |
| 1978-8-7-0 | 九州最後となった九州産業交通人吉営業所のボンネットバスが「さよなら遊覧バス」として運転される | ||
| 1978-8-23-0 | 熊本市でボンネットバスの展示会と試乗会が27日まで行なわれる 「さようならボンネットバスおわかれ記念乗車券」が発売される | ||
| 1978-10-2-0 | 時刻改正、熊本・西鹿児島間急行「やたけ」号の吉松・西鹿児島間が快速列車化、急行「くまがわ」号車輌の内5輌を早朝八代まで回送して823D人吉行普通列車とし、残り3輌を湯前線321D・320Dとして乗り入れた後、上り1818D急行「くまがわ」号8連とする | ローカル急行列車および貨物列車を削減、通勤列車を増発、列車愛称の番号を下り奇数、上り偶数とする | |
| 0-0-0-0 | 下り1817D急行「くまがわ」号は人吉到着後湯前線に335D・334D普通列車で乗り入れる | ||
| 1978-11-3-0 | 国鉄「いい日旅立ち」キャンペーンを開始、山口百恵の「いい日旅立ち」がCMソングに用いられる | ||
| 1979-1-8-0 | 人吉機関区でキハ47形式配置に伴う乗務員養成(机上8時間)始まる | 1月27日まで行なわれる | |
| 1979-2-28-0 | 姉妹都市指宿へ「ひとよし市民号」3月1日にかけて運転される | 気動車4輌編成 1月に指宿市と姉妹都市となり交流 | |
| 1979-3-20-0 | 人吉駅に自動券売機が導入される | ||
| 1979-3-26-0 | 人吉機関区にキハ47形式8輌新製配置、28日より運用(これまでの国鉄色ではなく朱色だけの首都圏色塗装) | キハ47-55、56、57、58、59、60、61、62 キハ17など老朽化車輌との置き換え | |
| 1979-4-9-0 | 人吉機関区にキハ47形式6輌新たに新製配置、11日より運用される | キハ47-1041、1042、1043、1044、1045、1046 | |
| 0-0-0-0 | 隼人・帖佐間6月28日使用開始、帖佐・鹿児島間7月5日使用開始 | ||
| 1979-6-0-0 | 人吉機関区で日豊本線隼人・鹿児島間自動信号化(単線自動)の説明 | ||
| 1979-6-30-0 | 豪雨のため午後より肥薩線・湯前線が不通となる | 上り特急「おおよど」号が大畑で立ち往生する | |
| 1979-7-27-0 | 国鉄初の本格的な復活SLC571号による観光列車「SL山口号」が小郡・津和野間に走ることになり試乗会実施、8月1日より営業運転開始(後にC581号、C56160号、Ⅾ51200号も運用される) | ||
| 1979-7-28-0 | 高木国鉄総裁が熊本・人吉間1817D急行「くまがわ」に添乗し来人 | 婦人同伴 | |
| 1979-8-0-0 | 人吉駅前に時計塔設置 | ||
| 1979-8-19-0 | 指宿へ「ひとよし市民号」運転 | 姉妹都市交流 | |
| 1979-10-1-0 | 日豊本線全線電化 |