| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 0-0-0-0 | 人吉駅弁鮎すし600円、栗めし500円、おみやげ焼酎最中800円 | ||
| 1980-2-26-0 | 湯前線馬場第2踏切を4種から1種自動(全)に昇格 | ||
| 1980-5-31-0 | 湯前線の貨物列車、DD16形式牽引の381列車・382列車を最後に、1924年(大正13年)3月の開通以来56年間の歴史を終え廃止となる(この頃全国的にDD16形式運用の場が激減、短命に終わる) | 1975年(昭和50年)3月からの5年間に人吉でも運用されたのは熊本区のDD1637号、38号、39号、40号、53号でいずれも1974年(昭和49年)製、1986年(昭和61年)3月廃車 | |
| 1980-9-13-0 | 人吉駅下り信号機新設 | ||
| 1980-9-25-0 | 川線でディーゼル機関車DE10形式の牽引試験 | 八代・人吉間883列車(定数50輌) | |
| 1980-9-30-0 | 博多・宮崎間の特急「おおよど」号下り5011Dを最後に廃止 山線のDD51形式牽引の貨物列車、客車列車が本日を最後に廃止となり名物の混合列車も姿を消し、川線の客車列車も本日を最後に廃止 人吉機関区の炭台など撤去工事終了 | 特急「にちりん」全列車電車化に伴い気動車特急共通運用廃止のため 熊本機関区所属のDD51752号~759号、DD511027号~1031号、10月8日から12月にかけて人吉から鳥栖、亀山、東新潟に転出 | |
| 1980-10-1-0 | 急行「くまがわ」号の門司港・博多間を廃止、博多・熊本間については快速列車化、熊本・人吉間のみ急行「くまがわ」号1811D・1810Dとなる(1811D人吉到着後、人吉・吉松間に3輌と人吉・湯前間に5輌が普通列車として乗り入れ) 山線の普通列車は全て気動車運用(キハ58×2)となり、人吉機関区配置気動車数は47輌となる | 全国時刻大改正、寝台特急列車、貨物列車など削減、戦中・戦後混乱期を除き、初の減量ダイヤを実施 | |
| 0-0-0-0 | 人吉機関区配置 キハ58・11輌(内新たな転入はキハ58-256、496、18、485、175の5輌)、キハ28・4輌、キロ28・2輌、キハ47・14輌、キハ26・4輌、キハ25・5輌、キハ20・4輌、キハユニ26・3輌 | ||
| 0-0-0-0 | 急行「えびの5号」5615D、「えびの2号」5612Dの博多・熊本間を廃止、3往復とも熊本・宮崎間となる 川線の貨物列車DE10形式(熊本機関区所属)で牽引となる | ||
| 0-0-0-0 | 人吉駅弁鮎すし600円、栗めし600円、おみやげ焼酎最中800円 | ||
| 1980-11-6-0 | 人吉・吉松間でDD16形式の牽引試験 | ||
| 1980-12-5-0 | 人吉機関区でボーリング開始 | 新庁舎建設に伴うもの | |
| 1981-1-1-0 | 運輸省の1985年度(昭和60年度)以降の国鉄廃止線案がマスコミで報じられた中に肥薩線と湯前線も含まれ、人吉球磨に衝撃が伝わる | ||
| 1981-3-11-0 | 湯前線下須第1踏切を3種自動化 | 4種から変更 | |
| 1981-3-12-0 | 人吉機関区仮庁舎に移転 | ||
| 1981-3-16-0 | 人吉・大畑間で沿線火災発生 | ||
| 1981-4-6-0 | 人吉機関区新庁舎の建設開始 | この工事で肥薩線と湯前線の廃止は回避されるのではとの憶測も出る | |
| 1981-6-0-0 | 国鉄第1次廃止対象路線に肥薩線と湯前線は含まれなかったが、湯前線廃止可能性が消えず、球磨郡全町村議会が定例議会で存続意見書を決議 | ||
| 1981-9-1-0 | 人吉二中村山台地(上林町)に移転 | ||
| 1981-10-1-0 | 国鉄「フルムーン夫婦グリーンパス」を発売 | ||
| 1981-10-26-0 | 人吉機関区新庁舎に移転 | 鉄筋コンクリート2階建、延べ面積1,232㎡、総工費2億3千万円 | |
| 1981-11-2-0 | 人吉機関区落成式が行われる | ||
| 1982-1-0-0 | 中旬から肥薩線・湯前線の普通車にリクライニング座席車が使用される | 急行に使用した2等車格下げ車輌キハ26-408とキハ26-454 | |
| 1982-5-17-0 | 臨時行政調査会第4部会が、国鉄、電電、専売の3公社を、公社制度に終止符を打ち、新しい経営体の確立を目指すことを柱にした部会報告を調査会(土光敏夫会長)に提出 | ||
| 1982-5-19-0 | 大畑・矢岳間で各種ブレーキ試験が実施される | ||
| 1982-6-23-0 | 東北新幹線、大宮・盛岡間先行開業 | ||
| 1982-7-12-0 | 10日夜半来の豪雨のため人吉・八代間で12ヶ所災害が発生、不通となったが、11時41分頃瀬戸石駅で足止めされていた急行「くまがわ」号が駅裏側の山の土砂崩壊により後部4輌の下半分が埋まる | 10日夜から13日9時までの雨量人吉235mm、市房321mm、白髪岳180mm | |
| 0-0-0-0 | 「くまがわ」号の乗客190名は乗務員の誘導で近くの民家に分散避難、瀬戸石駅舎が傾く | ||
| 1982-7-14-0 | 急行「えびの」号宮崎・人吉間のみ運転を行う | 人吉・八代間は15日17時15分復旧し開通 | |
| 1982-7-23-0 | 後に「長崎豪雨」と呼ばれる災害発生し、長崎市で257人死亡、長崎本線など九州内国鉄に被害が出る |
| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 0-0-0-0 | 人吉駅弁鮎すし600円、栗めし500円、おみやげ焼酎最中800円 | ||
| 1980-2-26-0 | 湯前線馬場第2踏切を4種から1種自動(全)に昇格 | ||
| 1980-5-31-0 | 湯前線の貨物列車、DD16形式牽引の381列車・382列車を最後に、1924年(大正13年)3月の開通以来56年間の歴史を終え廃止となる(この頃全国的にDD16形式運用の場が激減、短命に終わる) | 1975年(昭和50年)3月からの5年間に人吉でも運用されたのは熊本区のDD1637号、38号、39号、40号、53号でいずれも1974年(昭和49年)製、1986年(昭和61年)3月廃車 | |
| 1980-9-13-0 | 人吉駅下り信号機新設 | ||
| 1980-9-25-0 | 川線でディーゼル機関車DE10形式の牽引試験 | 八代・人吉間883列車(定数50輌) | |
| 1980-9-30-0 | 博多・宮崎間の特急「おおよど」号下り5011Dを最後に廃止 山線のDD51形式牽引の貨物列車、客車列車が本日を最後に廃止となり名物の混合列車も姿を消し、川線の客車列車も本日を最後に廃止 人吉機関区の炭台など撤去工事終了 | 特急「にちりん」全列車電車化に伴い気動車特急共通運用廃止のため 熊本機関区所属のDD51752号~759号、DD511027号~1031号、10月8日から12月にかけて人吉から鳥栖、亀山、東新潟に転出 | |
| 1980-10-1-0 | 急行「くまがわ」号の門司港・博多間を廃止、博多・熊本間については快速列車化、熊本・人吉間のみ急行「くまがわ」号1811D・1810Dとなる(1811D人吉到着後、人吉・吉松間に3輌と人吉・湯前間に5輌が普通列車として乗り入れ) 山線の普通列車は全て気動車運用(キハ58×2)となり、人吉機関区配置気動車数は47輌となる | 全国時刻大改正、寝台特急列車、貨物列車など削減、戦中・戦後混乱期を除き、初の減量ダイヤを実施 | |
| 0-0-0-0 | 人吉機関区配置 キハ58・11輌(内新たな転入はキハ58-256、496、18、485、175の5輌)、キハ28・4輌、キロ28・2輌、キハ47・14輌、キハ26・4輌、キハ25・5輌、キハ20・4輌、キハユニ26・3輌 | ||
| 0-0-0-0 | 急行「えびの5号」5615D、「えびの2号」5612Dの博多・熊本間を廃止、3往復とも熊本・宮崎間となる 川線の貨物列車DE10形式(熊本機関区所属)で牽引となる | ||
| 0-0-0-0 | 人吉駅弁鮎すし600円、栗めし600円、おみやげ焼酎最中800円 | ||
| 1980-11-6-0 | 人吉・吉松間でDD16形式の牽引試験 | ||
| 1980-12-5-0 | 人吉機関区でボーリング開始 | 新庁舎建設に伴うもの | |
| 1981-1-1-0 | 運輸省の1985年度(昭和60年度)以降の国鉄廃止線案がマスコミで報じられた中に肥薩線と湯前線も含まれ、人吉球磨に衝撃が伝わる | ||
| 1981-3-11-0 | 湯前線下須第1踏切を3種自動化 | 4種から変更 | |
| 1981-3-12-0 | 人吉機関区仮庁舎に移転 | ||
| 1981-3-16-0 | 人吉・大畑間で沿線火災発生 | ||
| 1981-4-6-0 | 人吉機関区新庁舎の建設開始 | この工事で肥薩線と湯前線の廃止は回避されるのではとの憶測も出る | |
| 1981-6-0-0 | 国鉄第1次廃止対象路線に肥薩線と湯前線は含まれなかったが、湯前線廃止可能性が消えず、球磨郡全町村議会が定例議会で存続意見書を決議 | ||
| 1981-9-1-0 | 人吉二中村山台地(上林町)に移転 | ||
| 1981-10-1-0 | 国鉄「フルムーン夫婦グリーンパス」を発売 | ||
| 1981-10-26-0 | 人吉機関区新庁舎に移転 | 鉄筋コンクリート2階建、延べ面積1,232㎡、総工費2億3千万円 | |
| 1981-11-2-0 | 人吉機関区落成式が行われる | ||
| 1982-1-0-0 | 中旬から肥薩線・湯前線の普通車にリクライニング座席車が使用される | 急行に使用した2等車格下げ車輌キハ26-408とキハ26-454 | |
| 1982-5-17-0 | 臨時行政調査会第4部会が、国鉄、電電、専売の3公社を、公社制度に終止符を打ち、新しい経営体の確立を目指すことを柱にした部会報告を調査会(土光敏夫会長)に提出 | ||
| 1982-5-19-0 | 大畑・矢岳間で各種ブレーキ試験が実施される | ||
| 1982-6-23-0 | 東北新幹線、大宮・盛岡間先行開業 | ||
| 1982-7-12-0 | 10日夜半来の豪雨のため人吉・八代間で12ヶ所災害が発生、不通となったが、11時41分頃瀬戸石駅で足止めされていた急行「くまがわ」号が駅裏側の山の土砂崩壊により後部4輌の下半分が埋まる | 10日夜から13日9時までの雨量人吉235mm、市房321mm、白髪岳180mm | |
| 0-0-0-0 | 「くまがわ」号の乗客190名は乗務員の誘導で近くの民家に分散避難、瀬戸石駅舎が傾く | ||
| 1982-7-14-0 | 急行「えびの」号宮崎・人吉間のみ運転を行う | 人吉・八代間は15日17時15分復旧し開通 | |
| 1982-7-23-0 | 後に「長崎豪雨」と呼ばれる災害発生し、長崎市で257人死亡、長崎本線など九州内国鉄に被害が出る |