| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1986-4-29-0 | 天皇御在位60年記念式典挙行、記念きっぷや記念硬貨、記念切手発行 | ||
| 1986-6-30-0 | (この年国鉄職員の広域異動募集や希望退職募集が各2回行われる) | 国鉄九州総局が九州新会社向け塗装の列車を西鹿児島・隼人間で試運転 | |
| 1986-9-7-0 | 福祉列車「ひまわり号」熊本・人吉間に運転(9865・9866列車) | ⅮE101758号+12系7輌 600名乗車 | |
| 1986-9-11-0 | 湯前線を運輸省地方交通線対策室長が視察、第3セクター案が浮上 | ||
| 1986-10-13-0 | 球磨川沿岸道路で大規模な土砂崩れが発生し長期間不通となる | ||
| 1986-10-16-0 | 人吉市SL展示館保存の58654号の復活を熊鉄局が検討中と報道 | ||
| 1986-10-28-0 | 国鉄8法案(分割民営化関連)衆議院で可決 | ||
| 1986-10-31-0 | 国鉄バス人吉・湯前間ラストラン | ||
| 1986-11-1-0 | 熊本・宮崎間急行「えびの1号」「えびの6号」に併結していた西鹿児島編成吉松・西鹿児島間快速「やたけ」号を廃止 | 国鉄としての最後の時刻改正 | |
| 0-0-0-0 | 急行「くまがわ」号6輌編成から4輌編成となる | 人吉機関区の吉松以遠の運転打ち切りとなる | |
| 0-0-0-0 | 肥薩線八代・隼人間通票閉そく方式廃止、特殊自動閉そく式導入 | 段駅から真幸駅までの硬券10枚をセットにして台紙付き | |
| 0-0-0-0 | 人吉駅で肥薩線電子閉そく方式導入記念入場券が発売される | 肥薩線の駅員配置は八代、人吉、吉松、隼人の4駅となる | |
| 0-0-0-0 | 段、坂本、瀬戸石、白石、一勝地、渡、大畑、矢岳、真幸の各駅無人化(坂本、白石、一勝地は翌年3月末まで暫定的に駅員配置) 人吉機関区 所要員57名 現在員121名 配置車輌気動車20輌 乗務員仕業13仕業20名 乗務員所要員30名 | 国鉄バス湯前・人吉間休止(実質廃止)、人吉盆地最南端の主要地方道湯前錦線を走り、交通弱者の足だったが、最後は平均乗車密度5人未満の「第3種路線」となっていた | |
| 1986-11-28-0 | 参議院本会議で「国鉄改革関連8法案」可決成立し、12月4日に公布 | ||
| 1987-2-0-0 | 湯前線の廃止が正式に決定 | ||
| 1987-3-1-0 | 人吉機関区が人吉運転区と改称 | ||
| 1987-3-31-0 | さよなら国鉄号人吉→吉松→山野線水俣→鹿児島本線八代→人吉運転 | この月熊本鉄道管理局から「さよなら国鉄記念オレンジカード」発売 | |
| 1987-4-1-0 | 国鉄分割・民営化で九州旅客鉄道株式会社(JR九州)発足、熊本鉄道管理局は熊本支店となる 人吉運転区 所要員56名 現在員70名 列車本数57本 乗務キロ2,395.6km 配置車輌気動車20輌 急行「くまがわ」号に人吉の観光をPRするデザインのヘッドマークを取り付ける(急行「えびの」号も一足先に3月27日に取り付け) | 6旅客鉄道株式会社(北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州)、日本貨物鉄道株式会社、新幹線保有機構、日本国有鉄道清算事業団設立 | |
| 0-0-0-0 | 配置気動車キハ58形式4輌、キハ28形式3輌、キハ52形式4輌、キハ47形式9輌 | ||
| 0-0-0-0 | 1986年度(昭和61年度)人吉管轄17駅利用者数143万7千人 | ||
| 0-0-0-0 | 人吉運転区で前田重行さんデザインによる「球磨川下り」「鮎」「キジ馬と花手箱」「鬼木の太鼓踊り」などが5月にかけて作製される | ||
| 1987-8-0-0 | JR九州が人吉市へ58654号の返還要請 | 市民から豊肥線復活案に大事に管理保存してきたため反対意見が出る | |
| 1987-12-11-0 | JR九州と人吉市の間で58654号返還について交渉が行われてきたが、返還3条件がまとまり合意 | ①年3回は人吉まで運転 ②人吉市のメモリアルプレート取り付け ③復活お披露目運転は肥薩線で行う | |
| 1988-1-7-0 | 人吉市SL展示館の外までレールを敷設して58654号を引き出し、陸路輸送のための分解作業が始まる | 9日矢岳町の得田徹さんに見送られ出発、相良村木材団地で大型トレーラーに積替え深夜小倉工場に向かう | |
| 1988-2-29-0 | ジョイフルトレイン「サルーンエクスプレス」の人吉・白石間での試乗会と人吉駅での展示会が行われる | 3月1日「くまがわ」号に連結団体旅行に初使用、ゴールデンウイークに博多・人吉間「人吉観光号」運転 | |
| 1988-3-6-0 | 大畑ループ線で火災発生 | ||
| 1988-3-13-0 | 湯前線で熊本直通便が3往復に増えるも午前と午後に各1往復1輌だけの列車を運転するようになる 人吉運転区 所要員49名 乗務キロ2,680.3km 気動車の車籍を熊本運転区へ移籍して15輌限定運用 大坂間駅を球泉洞駅と改称、人吉駅で「球泉洞駅開業記念入場券」(硬券3枚セット)が発売される | JRグループとなって初の時刻改正 | |
| 0-0-0-0 | 青函トンネル開通、津軽海峡線開業し本州と北海道の間が列車で往来できるようになり、1872年(明治5年)の鉄道開業以来116年目で日本列島の南は鹿児島から北は北海道までがレールで繋がる | ||
| 0-0-0-0 | 急行「えびの」号の下り「1号」「3号」上り「2号」「4号」全列車が球泉洞駅に停車するようになる | ||
| 1988-3-14-0 | JRと球磨村森林組合の折半で新築された球泉洞駅の落成式が行われる | 「えびの1号」で球磨村森林組合長の大岩誠さんが1日駅長を務める |
| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
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| 1986-4-29-0 | 天皇御在位60年記念式典挙行、記念きっぷや記念硬貨、記念切手発行 | ||
| 1986-6-30-0 | (この年国鉄職員の広域異動募集や希望退職募集が各2回行われる) | 国鉄九州総局が九州新会社向け塗装の列車を西鹿児島・隼人間で試運転 | |
| 1986-9-7-0 | 福祉列車「ひまわり号」熊本・人吉間に運転(9865・9866列車) | ⅮE101758号+12系7輌 600名乗車 | |
| 1986-9-11-0 | 湯前線を運輸省地方交通線対策室長が視察、第3セクター案が浮上 | ||
| 1986-10-13-0 | 球磨川沿岸道路で大規模な土砂崩れが発生し長期間不通となる | ||
| 1986-10-16-0 | 人吉市SL展示館保存の58654号の復活を熊鉄局が検討中と報道 | ||
| 1986-10-28-0 | 国鉄8法案(分割民営化関連)衆議院で可決 | ||
| 1986-10-31-0 | 国鉄バス人吉・湯前間ラストラン | ||
| 1986-11-1-0 | 熊本・宮崎間急行「えびの1号」「えびの6号」に併結していた西鹿児島編成吉松・西鹿児島間快速「やたけ」号を廃止 | 国鉄としての最後の時刻改正 | |
| 0-0-0-0 | 急行「くまがわ」号6輌編成から4輌編成となる | 人吉機関区の吉松以遠の運転打ち切りとなる | |
| 0-0-0-0 | 肥薩線八代・隼人間通票閉そく方式廃止、特殊自動閉そく式導入 | 段駅から真幸駅までの硬券10枚をセットにして台紙付き | |
| 0-0-0-0 | 人吉駅で肥薩線電子閉そく方式導入記念入場券が発売される | 肥薩線の駅員配置は八代、人吉、吉松、隼人の4駅となる | |
| 0-0-0-0 | 段、坂本、瀬戸石、白石、一勝地、渡、大畑、矢岳、真幸の各駅無人化(坂本、白石、一勝地は翌年3月末まで暫定的に駅員配置) 人吉機関区 所要員57名 現在員121名 配置車輌気動車20輌 乗務員仕業13仕業20名 乗務員所要員30名 | 国鉄バス湯前・人吉間休止(実質廃止)、人吉盆地最南端の主要地方道湯前錦線を走り、交通弱者の足だったが、最後は平均乗車密度5人未満の「第3種路線」となっていた | |
| 1986-11-28-0 | 参議院本会議で「国鉄改革関連8法案」可決成立し、12月4日に公布 | ||
| 1987-2-0-0 | 湯前線の廃止が正式に決定 | ||
| 1987-3-1-0 | 人吉機関区が人吉運転区と改称 | ||
| 1987-3-31-0 | さよなら国鉄号人吉→吉松→山野線水俣→鹿児島本線八代→人吉運転 | この月熊本鉄道管理局から「さよなら国鉄記念オレンジカード」発売 | |
| 1987-4-1-0 | 国鉄分割・民営化で九州旅客鉄道株式会社(JR九州)発足、熊本鉄道管理局は熊本支店となる 人吉運転区 所要員56名 現在員70名 列車本数57本 乗務キロ2,395.6km 配置車輌気動車20輌 急行「くまがわ」号に人吉の観光をPRするデザインのヘッドマークを取り付ける(急行「えびの」号も一足先に3月27日に取り付け) | 6旅客鉄道株式会社(北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州)、日本貨物鉄道株式会社、新幹線保有機構、日本国有鉄道清算事業団設立 | |
| 0-0-0-0 | 配置気動車キハ58形式4輌、キハ28形式3輌、キハ52形式4輌、キハ47形式9輌 | ||
| 0-0-0-0 | 1986年度(昭和61年度)人吉管轄17駅利用者数143万7千人 | ||
| 0-0-0-0 | 人吉運転区で前田重行さんデザインによる「球磨川下り」「鮎」「キジ馬と花手箱」「鬼木の太鼓踊り」などが5月にかけて作製される | ||
| 1987-8-0-0 | JR九州が人吉市へ58654号の返還要請 | 市民から豊肥線復活案に大事に管理保存してきたため反対意見が出る | |
| 1987-12-11-0 | JR九州と人吉市の間で58654号返還について交渉が行われてきたが、返還3条件がまとまり合意 | ①年3回は人吉まで運転 ②人吉市のメモリアルプレート取り付け ③復活お披露目運転は肥薩線で行う | |
| 1988-1-7-0 | 人吉市SL展示館の外までレールを敷設して58654号を引き出し、陸路輸送のための分解作業が始まる | 9日矢岳町の得田徹さんに見送られ出発、相良村木材団地で大型トレーラーに積替え深夜小倉工場に向かう | |
| 1988-2-29-0 | ジョイフルトレイン「サルーンエクスプレス」の人吉・白石間での試乗会と人吉駅での展示会が行われる | 3月1日「くまがわ」号に連結団体旅行に初使用、ゴールデンウイークに博多・人吉間「人吉観光号」運転 | |
| 1988-3-6-0 | 大畑ループ線で火災発生 | ||
| 1988-3-13-0 | 湯前線で熊本直通便が3往復に増えるも午前と午後に各1往復1輌だけの列車を運転するようになる 人吉運転区 所要員49名 乗務キロ2,680.3km 気動車の車籍を熊本運転区へ移籍して15輌限定運用 大坂間駅を球泉洞駅と改称、人吉駅で「球泉洞駅開業記念入場券」(硬券3枚セット)が発売される | JRグループとなって初の時刻改正 | |
| 0-0-0-0 | 青函トンネル開通、津軽海峡線開業し本州と北海道の間が列車で往来できるようになり、1872年(明治5年)の鉄道開業以来116年目で日本列島の南は鹿児島から北は北海道までがレールで繋がる | ||
| 0-0-0-0 | 急行「えびの」号の下り「1号」「3号」上り「2号」「4号」全列車が球泉洞駅に停車するようになる | ||
| 1988-3-14-0 | JRと球磨村森林組合の折半で新築された球泉洞駅の落成式が行われる | 「えびの1号」で球磨村森林組合長の大岩誠さんが1日駅長を務める |