| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1988-4-23-0 | 各市町村議会の議決を経て湯前線対策協議会(人吉球磨市町村と西米良村)は臨時総会で第3セクター方式による存続を決定 | ||
| 1988-4-29-0 | 西日本鉄道、九州産業交通、宮崎交通(後にJR九州も加わる)が博多・人吉・宮崎を結ぶ高速バス運行開始、肥薩線・吉都線と路線はほぼ並行で列車の旅客に多大の影響が出る | ||
| 1988-7-12-0 | 58654号の修復完了、小倉工場で試運転が始まる | ||
| 1988-7-27-0 | 58654号の試運転が熊本・人吉間および人吉・吉松間で開始され、8月15日までの間10回行われる | 初日は単機で運転されたが、翌日から20系客車などの牽引やDE10形式の補機付きでも試運転実施 | |
| 1988-8-22-0 | 人吉市とJR九州の返還時の約束どおり、58654号「SLあそBOY」の復活お披露目運転が熊本から人吉まで行われる(人吉運転区滞泊) | 沿線や駅は多数の人出となり、人吉駅で歓迎式典を開催、矢岳町の得田徹さんによるメモリアルプレートの取り付けなどが行われる | |
| 1988-8-23-0 | 二日目は58654号の人吉・吉松間の里帰り運転が行われ、矢岳駅で歓迎式典を開催、レールを敷設してSL展示館の外までD51170号を引き出し、圧縮空気を使い両機による汽笛のエール交換も行われる | 里帰り運転の後熊本に戻る | |
| 0-0-0-0 | 8月28日から熊本・宮地間「SLあそBOY」の運転が開始されたが、この年10月9日、11月15日は熊本・人吉間「SL人吉号」として運転された | ||
| 1988-10-3-0 | 湯前線第3セクター設立委員会発足 | ||
| 1988-12-5-0 | 湯前線第3セクター車輌基地は人吉に置くことに決定 | ||
| 1989-1-7-0 | 昭和天皇崩御 | ||
| 1989-1-8-0 | 元号が「平成」と改元される | ||
| 1989-2-0-0 | 新会社名を「くま川鉄道」と決定 | ||
| 1989-3-11-0 | 時刻改正、急行「くまがわ」号人吉・熊本間4往復、急行「えびの」号博多・宮崎間2往復と熊本・宮崎間1往復となる 人吉運転区 所要員50名 乗務キロ3,186.6km 限定運用11輌 | 「くまがわ」号2輌編成となる | |
| 0-0-0-0 | 「えびの」号にJR九州新急行色が登場 | ||
| 1989-4-1-0 | 消費税(3%)が導入される | ||
| 1989-8-10-0 | 人吉運転区に気動車の新洗浄台完成 | ||
| 1989-8-14-0 | DE10形式牽引で「くま川鉄道」用車輌7輌が回送され人吉到着 | 試運転の名目で運転 | |
| 1989-9-15-0 | 湯前線で「トロッコ列車湯前号」9月30日まで2往復運転(DL牽引の日とDC牽引の日の二通り運転) 人吉・東人吉・免田・多良木・湯前駅で「JR湯前線フリー記念乗車券」を発売 | 人吉駅弁 栗めし720円、鮎すし720円 | |
| 0-0-0-0 | 図柄は球磨商業高校美術部がデザイン | ||
| 1989-9-30-0 | 人吉駅で湯前線のお別れ式典が行われ、人吉・湯前間にさよなら列車運転、各駅では大勢の関係者や別れを惜しむ郡市民が見送る 八代発2337D湯前21時59分着、湯前22時04分発人吉22時45分着336Dが最終列車となる | 湯前駅でもお別れ式典が、免田駅と多良木駅ではお別れセレモニーが行われる | |
| 0-0-0-0 | 遅い時間にもかかわらず336Dには地元住民や鉄道ファンによる見送りや記念乗車で大勢の人出となる | ||
| 1989-10-1-0 | 湯前線が第3セクター「くま川鉄道株式会社」に移管し開業、東人吉駅は相良藩願成寺駅に改称し、おかどめ幸福駅、公立病院前駅、新鶴羽駅を新設、全部で14駅となる 人吉駅では10時02分発9Dで記念発車式が、相良藩願成寺駅、川村駅、肥後西村駅、一武駅では同列車で開業を祝う記念行事が行われる 多良木駅では8時36分発6Dで記念発車式が行われる 公立病院前駅と新鶴羽駅では7Dで開業を祝う記念行事が行われる 湯前駅では10時14分発8Dで記念発車式が、東免田駅、免田駅、おかどめ幸福駅では同列車で開業を祝う記念行事が行われる 人吉駅と湯前駅で開業記念乗車券発売(4000枚、各640円) | 本社 人吉市中青井町265番地 資本金 1億3600万円 社員(常勤) 33名 営業粁程 24キロ800メートル 車輌 新潟鉄工所製軽快ディーゼル7輌(KT100形式・定員108人・4輌 KT200形式・定員102人・3輌) 人吉・免田間通票閉そく式 免田・湯前間スタフ閉そく式 始発1D5時50分から終着30D23時50分までの1日15往復運転(前日の湯前線終焉時は1日9往復運転)、3Dと4DにはJRから「くまがわ」車輌を借入れ、4D人吉到着後に1814D急行「くまがわ4号」熊本行となる | |
| 0-0-0-0 | ケース入おかどめ幸福駅行乗車券も発売(330円) | ||
| 1989-11-11-0 | くま川鉄道ハート型台紙付おかどめ幸福駅行きっぷ発売 | 1.11.11日付人吉からおかどめ幸福ゆき | |
| 1989-12-0-0 | くま川鉄道人吉・球磨フリーきっぷ発売 | ||
| 1989-12-7-0 | 九州自動車道八代IC・人吉IC間が開通、肥薩線に多大の影響が出る | ||
| 1990-1-22-0 | 気動車用の新型変速機(爪クラッチ式液体変速機)性能テストが、26日まで人吉・吉松間で行われる | 鉄道総合技術研究所(東京)が急勾配でのスピードアップを図るために開発 | |
| 1990-3-10-0 | 人吉運転区 所要員39名、乗務キロ2,691.4km、11仕業19名、車輌限定運用9輌 | キハ52形式3輌、キハ47形式4輌、キハ40形式1輌、キハ23形式1輌 | |
| 1990-4-21-0 | くま川鉄道「湯前駅レールウィング新設記念乗車券」を発売 | 終着駅シンボルのアーチ型タワーとホームの反対側にウッドデッキ多目的広場完成 | |
| 1990-6-11-0 | くま川鉄道納涼ビール列車運行開始 | 8月末まで土曜日、翌年以降も続く |
| 年月日 | 内容 | 備考 | 写真・動画・リンク |
|---|---|---|---|
| 1988-4-23-0 | 各市町村議会の議決を経て湯前線対策協議会(人吉球磨市町村と西米良村)は臨時総会で第3セクター方式による存続を決定 | ||
| 1988-4-29-0 | 西日本鉄道、九州産業交通、宮崎交通(後にJR九州も加わる)が博多・人吉・宮崎を結ぶ高速バス運行開始、肥薩線・吉都線と路線はほぼ並行で列車の旅客に多大の影響が出る | ||
| 1988-7-12-0 | 58654号の修復完了、小倉工場で試運転が始まる | ||
| 1988-7-27-0 | 58654号の試運転が熊本・人吉間および人吉・吉松間で開始され、8月15日までの間10回行われる | 初日は単機で運転されたが、翌日から20系客車などの牽引やDE10形式の補機付きでも試運転実施 | |
| 1988-8-22-0 | 人吉市とJR九州の返還時の約束どおり、58654号「SLあそBOY」の復活お披露目運転が熊本から人吉まで行われる(人吉運転区滞泊) | 沿線や駅は多数の人出となり、人吉駅で歓迎式典を開催、矢岳町の得田徹さんによるメモリアルプレートの取り付けなどが行われる | |
| 1988-8-23-0 | 二日目は58654号の人吉・吉松間の里帰り運転が行われ、矢岳駅で歓迎式典を開催、レールを敷設してSL展示館の外までD51170号を引き出し、圧縮空気を使い両機による汽笛のエール交換も行われる | 里帰り運転の後熊本に戻る | |
| 0-0-0-0 | 8月28日から熊本・宮地間「SLあそBOY」の運転が開始されたが、この年10月9日、11月15日は熊本・人吉間「SL人吉号」として運転された | ||
| 1988-10-3-0 | 湯前線第3セクター設立委員会発足 | ||
| 1988-12-5-0 | 湯前線第3セクター車輌基地は人吉に置くことに決定 | ||
| 1989-1-7-0 | 昭和天皇崩御 | ||
| 1989-1-8-0 | 元号が「平成」と改元される | ||
| 1989-2-0-0 | 新会社名を「くま川鉄道」と決定 | ||
| 1989-3-11-0 | 時刻改正、急行「くまがわ」号人吉・熊本間4往復、急行「えびの」号博多・宮崎間2往復と熊本・宮崎間1往復となる 人吉運転区 所要員50名 乗務キロ3,186.6km 限定運用11輌 | 「くまがわ」号2輌編成となる | |
| 0-0-0-0 | 「えびの」号にJR九州新急行色が登場 | ||
| 1989-4-1-0 | 消費税(3%)が導入される | ||
| 1989-8-10-0 | 人吉運転区に気動車の新洗浄台完成 | ||
| 1989-8-14-0 | DE10形式牽引で「くま川鉄道」用車輌7輌が回送され人吉到着 | 試運転の名目で運転 | |
| 1989-9-15-0 | 湯前線で「トロッコ列車湯前号」9月30日まで2往復運転(DL牽引の日とDC牽引の日の二通り運転) 人吉・東人吉・免田・多良木・湯前駅で「JR湯前線フリー記念乗車券」を発売 | 人吉駅弁 栗めし720円、鮎すし720円 | |
| 0-0-0-0 | 図柄は球磨商業高校美術部がデザイン | ||
| 1989-9-30-0 | 人吉駅で湯前線のお別れ式典が行われ、人吉・湯前間にさよなら列車運転、各駅では大勢の関係者や別れを惜しむ郡市民が見送る 八代発2337D湯前21時59分着、湯前22時04分発人吉22時45分着336Dが最終列車となる | 湯前駅でもお別れ式典が、免田駅と多良木駅ではお別れセレモニーが行われる | |
| 0-0-0-0 | 遅い時間にもかかわらず336Dには地元住民や鉄道ファンによる見送りや記念乗車で大勢の人出となる | ||
| 1989-10-1-0 | 湯前線が第3セクター「くま川鉄道株式会社」に移管し開業、東人吉駅は相良藩願成寺駅に改称し、おかどめ幸福駅、公立病院前駅、新鶴羽駅を新設、全部で14駅となる 人吉駅では10時02分発9Dで記念発車式が、相良藩願成寺駅、川村駅、肥後西村駅、一武駅では同列車で開業を祝う記念行事が行われる 多良木駅では8時36分発6Dで記念発車式が行われる 公立病院前駅と新鶴羽駅では7Dで開業を祝う記念行事が行われる 湯前駅では10時14分発8Dで記念発車式が、東免田駅、免田駅、おかどめ幸福駅では同列車で開業を祝う記念行事が行われる 人吉駅と湯前駅で開業記念乗車券発売(4000枚、各640円) | 本社 人吉市中青井町265番地 資本金 1億3600万円 社員(常勤) 33名 営業粁程 24キロ800メートル 車輌 新潟鉄工所製軽快ディーゼル7輌(KT100形式・定員108人・4輌 KT200形式・定員102人・3輌) 人吉・免田間通票閉そく式 免田・湯前間スタフ閉そく式 始発1D5時50分から終着30D23時50分までの1日15往復運転(前日の湯前線終焉時は1日9往復運転)、3Dと4DにはJRから「くまがわ」車輌を借入れ、4D人吉到着後に1814D急行「くまがわ4号」熊本行となる | |
| 0-0-0-0 | ケース入おかどめ幸福駅行乗車券も発売(330円) | ||
| 1989-11-11-0 | くま川鉄道ハート型台紙付おかどめ幸福駅行きっぷ発売 | 1.11.11日付人吉からおかどめ幸福ゆき | |
| 1989-12-0-0 | くま川鉄道人吉・球磨フリーきっぷ発売 | ||
| 1989-12-7-0 | 九州自動車道八代IC・人吉IC間が開通、肥薩線に多大の影響が出る | ||
| 1990-1-22-0 | 気動車用の新型変速機(爪クラッチ式液体変速機)性能テストが、26日まで人吉・吉松間で行われる | 鉄道総合技術研究所(東京)が急勾配でのスピードアップを図るために開発 | |
| 1990-3-10-0 | 人吉運転区 所要員39名、乗務キロ2,691.4km、11仕業19名、車輌限定運用9輌 | キハ52形式3輌、キハ47形式4輌、キハ40形式1輌、キハ23形式1輌 | |
| 1990-4-21-0 | くま川鉄道「湯前駅レールウィング新設記念乗車券」を発売 | 終着駅シンボルのアーチ型タワーとホームの反対側にウッドデッキ多目的広場完成 | |
| 1990-6-11-0 | くま川鉄道納涼ビール列車運行開始 | 8月末まで土曜日、翌年以降も続く |